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ひとりごと-2002

だんだんと仕事レポートの様相を呈してきました(笑)

2002年12月28日
仕事も釣りも納めて大掃除、先日来ポストの調子が悪く取り付けに一工夫加えて取り付け直ししてますがこういうことに
なると途端に腰が重くなると嫁さんに言われます(爆)今一番汚いのが自分の部屋、釣り竿は掃除終わって片付いたが
クローゼットに押し込んでいた段ボール箱の片付けにも腰が重く(大爆)年内に片付くだろうかとぼーっと考えながら
ぼちぼち過ごしています。タックルボックス再編にも同時に取り組んで大体メドが立ったので売り出し中のい○ら釣具へ
明邦のボックスを買いに出かけたついでに安手のスピニングリールも衝動買い。年末は不要な出費も増えるようで(笑)

2002年12月23日
ミュージカル、無事終わりました。会館の機材が年々良くなっていっており、今年は
モニタースピーカーまで「こんなんあるの?」というモノを使わせて頂いたおかげで
調整面でかなり楽をさせて頂きました。大変お世話になりました。
技術的な話をちょっとだけ。芝居の中に写真に見える「セルロイドの樹」が主人公に
向けて謡い出すシーンがあるのでその詩の音像定位をどう合わせるか考えていたとき
のこと。樹が本当に謡っているように聴かせたかったので小細工をしているうちに
メインスピーカーにディレイをかける(電気的に遅延をかけて音を遅らせる)と
舞台中の音が非常に自然に聞こえるようになりましたが(ちょっとこの辺の知識が
ある方はお分かりでしょう)今度は舞台奥にある樹の声用のスピーカーの定位が
やや曖昧になってしまったような感じになりました。更にはメインスピーカーの
音の聞こえる範囲ではいいのですが舞台前の客席数列で「樹の歌声が生々しすぎる」と指摘されてそれを手直しするうち
にエフェクトをかける度合いが増えて更に定位感が無くなってしまいました。過ぎたるはなんとかって諺通り(笑)

2002年12月12日
今日は結婚記念日です。娘の歳+1年で、今年で8年が過ぎました。結婚の翌月、阪神大震災がありました。当時
住んでいたアパートもかなり揺れました。あの5日後に地割れも生々しい関空から新婚旅行へ出かけました。
もうそんなに年月が経ってしまったんですね。などと感傷的になるのは歳取ってきた証拠かなあ。
 相変わらず自分ばかり釣りに出かけたりと勝手ばかりやっててごめん。ありがとうを奥さんに。

2002年12月11日
恒例の仕事が今年は一つ無くなってしまいます。と言うのも、徳島市シビックセンターのプラネタリウム館が今年度
一杯で閉館し、貸し館となるために、毎年ここでやっていた「星空コンサート」の開催が最後になってしまうのです。
エレクトーンプレイヤーの先生とはかなり仲良く仕事させて頂いているのに、こちらも勿体無いなぁと思っています。
それで、諸般の事情もあるのですが、演奏と演奏との間に流す「ナレーション」と言う名のラジオドラマ風の物を
僕が作ることになりました。素材さえあればMac内でCDにまで出来てしまうのでその辺は簡単ですけども、いざ
やってみると「間合い」が難しいんです。でも一人で浸り切って編集しているとつい入れ込んでしまって
ちょっとほろっと来そうになったり‥ちょっと入れ込んでしまっています。

2002年12月10日
年末恒例?第一段、オペラの公演が終わりました。今日はボートを持ち出す予定でしたが、指揮者さんや舞台監督さんと
打ち上げ話で午前4時迄喋っていたために全くの休養日となってしまいました。
今年は総じて上手くいったと自負しています。昨年の反省から客席への拡声を最小限にとどめ、主に舞台中への
モニタリングを中心にやっていました。その際に「音の壁ができていて、それを乗り越えて声を出そうとするために
余計に負担がかかる」と相談され、モニターもあればあったで厄介なものだなと考えさせられました。結局
僕らの感覚では「音が出ていない」レベルでOKを戴き、そのまま問題はなかったようです。
 それとは別に毎年のグチです。舞台監督さん本人が言っておりましたが、プロの監督ではないために
スタッフ、キャスト、オーケストラ各部の時間の調整を計る人がいない状態で本番が終わってしまった(とあえて
書きます)のには、来年以降の運営にかなりくらい影を落としていそうです。僕らはまず、決められた本番の時間に
「幕をあける」ために仕事をしているのであって、時間を守っていくことの大変さと大切さを今年程痛感した
年はなかったと思います。ホント、どうなるんだろう‥自分は上手く行くコツが解っただけに勿体無いなあ。

2002年11月28日
今年もおしせまって来ました。この時期になるとここ数年毎年手掛けているオペラとミュージカルのことで
頭が一杯になります。両方とも共通して言えるのは生の音をいかに聞かせるかを考えていくことですが、ジャンルの
違いによって手法は若干異なるので、毎年悩みどころでもあります。
さて、手掛ける劇団が再び宝塚ミュージカルコンクールへ応募され、入賞を果たされました。おめでとうございます。
でこの作品、といっても数年前に初演された作品なのですが、台本やプラン表を出して来て見直していました。
なんだか玉手箱を開けた時のような、懐かしくそれでいて新鮮な感動を覚えました。当時の僕が考えた音響プラン、
そういえばあの時こうだったとか、ここをどう処理しようかとかが頭の中に蘇ってきます。さらに当時小学生で主役を
演じた舞台監督の息子さん、歳を考えたらもう高校生なんですね。台本の内容がタイムスリップ的なことと相まって
形容できない不思議な感覚を味わっています。興味をもたれた方、こちらをどうぞ。

2002年11月17日
縁あって太鼓とキーボードのコンサートのお手伝いをすることになった。太鼓とキーボード?セッション形式なのだが
どうなるのか想像つかなかった。忙しい合間を縫ってスケジュール他細かなことの確認、松山会場の下見、等々
バタバタでした。初日が松山で徳島へ移動して更に2日、計3日間のツアーでしたが結果から言うと大変楽しい
お仕事をさせて頂きました。どうなるかなと思った演奏も、太鼓が組太鼓がメインでさながら「和式ドラムセット」の
様相で、しかも太鼓の低音が伸びているためにベース帯域の音まで出ているからあまり違和感のない、結構斬新な
セッションだったと思います。メインのオペレータさんも来られていたため今回は久しぶりにステージ中で
居られまして、メンバーさんとアイコンタクトしながら遊んでいました。

2002年11月10日その2
で高松で仕事でしたのでスケジュール開けてもらってエコトレッキングに参加して来ました。皆さんに御挨拶して
公渕池堰堤コースへ着いていきます。堰堤は花火の燃えカス、ガムの銀紙がやたらと目につきました。取水小屋付近で
使用済みラインを大量に発見。この時点迄は和気あいあいモードでしたがそこから遊歩道の方へ入ると道路脇の
茂みの中にコンビニ袋やら空き缶やら弁当箱やらがぽつぽつ見つかり出します。家族連れが竹薮の中に降りているなと
思いそちらへ入ると、一瞬我が目を疑う程の空き缶の山!その後皆さんとここで残りの時間一杯迄ゴミ拾いしましたが
ここだけで実にゴミ袋10袋くらいの空き缶、ゴミ、果ては廃タイヤやビデオデッキ、トースター、水槽まで。
ほんとこうなると単に釣り人のモラルの問題だけではないですよね。公渕池は桜が綺麗だと聞いたことがあるのですが
花見宴会のゴミをそのまま捨てていったような感じのものが目立ちました。あの景色をみたら皆さんどう思うんだろう
かなあ。「汚い」で済ますんだろうか。自分が捨てたらそうなると分かっていれば捨てないでしょうか?
話かわってビンゴ終わってのこと。昔の同僚が来ていて声を掛けてくれたのですが、当時の眼鏡の印象が強くて
(今コンタクトですよね)一瞬分からなかったです。ごめんなさいね、み○○さん。

2002年11月10日
例年この時期は本業が忙しいがよく考えるとジャンルも様々。演歌の次はエレクトーンのコンサート、全国大会式典、
でやって来ました、ライブハウスでのハードコア!噂では聞いてましたがこれは凄いわ!出演9バンドでリハーサルが
昼過ぎから夕方まで、で19時に開演して終演が24時30分!一日中コア漬け!
今迄ハードモノにはとんと縁がなく、音圧的に満足してもらえるかが少々不安材料でした。ハコのマネージャーさんにも
「綺麗な音を出すイメージ」の人だと言われてしまいましたが、色々トラブルがありつつもまあなんとかなったのでは
ないでしょうか(手前味噌)しかし途中サブウーハのアンプにプロテクションが掛かって低音がすっといなくなった
のには肝を冷やしました。意外と耳は大丈夫でしたが帰りのカーステのボリュームが小さいこと(爆)
‥しかしこれを連続でやっている同業の人たちってホントに頭が下がります。僕は年1回かそのへんで充分です(笑)

2002年10月30日
文化の日も近付き更に忙しくなって来た中を休みをいいことに釣りに出かけた。そのしわ寄せは翌日にやって来る。
来るべきイベントやコンサート現場への打ち合わせから機材の割り振り、不足分をレンタルする手配、更には
手配したスタッフへの仕事内容やスケジュールの事務連絡までを翌日一気にやってしまわないといけなかった。
しかも夕方から管理する会館で設営もあり、それが終わってからさらに残った連絡のFAXを流してようやく仕事は
一区切り。…頭から煙が出そうになるくらい一日中考え通しで本当に疲れた。リフレッシュしたはずの釣行の
気分転換も一気にストレス掛かって飛んでしまいました(笑)

2002年10月16日
最近、お役所の方針が変わったために仕事が入札で決まるようになった。けれども、この入札がまた厄介な問題を
はらんでいるのだ。県内にイベント関係の業者でさえそれほど多くはないので仕様書だけ書いて入札に参加しないと
いう業者はまずないであろうし、増して事業発注側に入札に絶対に必要な「仕様書」を完璧に書ける担当者など
いるわけがないと思うのである。結果、値段で業者を選定したまではいいがイベントの詳細を打ち合わせしていくうち
仕様書とかけ離れた要求をされる事が多くなりほとほと困っている。例えば某会館で行われる民謡民舞の大会。
仕様書には「音響人件費2名、照明人件費3名」とあったが、落札後出演団体と個別の打ち合わせしていくうち
(これもちょっと考えると手順が逆)、演目の入れ替わり転換時にどう考えてもミキサーマンを除いた音響の1名で
同時にスタンドマイク3本と演者に付けているピンワイヤレスマイク5本を転換せよ、という命題が出てきた。
そりゃ時間かければ転換できるでしょうが、転換に5分もかかれば進行がちょっとおかしいなと思うのが普通の感覚と
いうもの。本来そこを調整して仕様書を書くのが筋だと思うのであるがそこの調整は落札した業者任せ。
何かおかしくないか?それともおかしいと思う感覚すらないのかなあ?
上に挙げたのはほんの一例。これからこんなことが増えてくる先には、「国民文化祭」開催が控えているのに…

2002年10月15日
先日来、同僚に譲ってもらった今までの倍の容量のハードディスクにMacOS9.2.2をインストールして環境の再構築を
進めてきました。今日、某インターネットショップが行った巨人軍優勝記念セールで衝動買いした512MBのメモリも
インストールしてG3ながらメモリ640MB迄増設。OS9.2.2は危惧していたよりもそれまでとの互換性も高く、なぜか
動作が何割か早くなった印象が強いです。おかげでそれ迄躊躇していた、使用ソフトのバージョンアップも進めて
行きました。IE5.1とメーラーの動作が軽快になってやって良かったと思っています。

今日で新居へ引っ越してから一年が経ちました。早いものです。車検も終わったし、僕にとって10月は環境の再構築が
進む月なのかもしれません。

2002年10月14日
連休の仕事が終わりました。(@@; ふう。
今回は高知県某所にて自身久しぶりのジャズオーケストラのコンサート。ビッグネームのゲストもあって非常に
楽しみにしてました。結果大変良いコンサートを聞かせて頂きまして、程良いお酒に旨い魚と、大満足の仕事でした。
…え、何にもやって無いって?そう。演奏の良いコンサート程ミキシングオペレータのすることがなくなっていくん
ですよ。しかも今回は「生音」を生かしたミキシングを目指したので余計その傾向が強かったみたいです。
で、今日は徳島で子供向けの「おじゃる丸」ショーとうたのおねえさんのコンサート。これも面白かったです。
おじゃる丸の着ぐるみはけっこうリアルでよかったですよー。
でも現場が続いていて終わって帰った時はどっと疲れが出てしまいました。運動不足か、寄る年波か…

2002年10月4日
うちの嫁さんも仕事をしている。しかも同業(照明さんです)。イベントが立て込んで来ると僕も嫁さんも現場で
夜が遅いという事もあり得る。たまたま平日にそうなってしまったので、小学生になった娘が学校が終わった後
一人でバスに乗っておばあちゃん(僕の実家)の所まで一人で行く事になった。
心配だから事前に一度練習もして迎えた当日、夕方に仕事の連絡で嫁さんに電話すると「…まだ着いてないって、
お母さんが探しにいった」と聞く。かなり心配になったが仕事の事もあって抜けられない。
結局バスが遅れていたらしく、直後に電話した親父が「帰りに偶然おばあちゃんが探しに行くのに出会って一緒に
行って、橋の上で見かけて拾った。今一緒に買い物に行く所」と言ってくれてホッとした。嫁さんにも連絡して一安心。

話はまだ続く。仕事も終わって実家へ寄る時に、実家の近所にある開閉橋が通行止めと知った。娘はバスを降りたら
今切川に架かるこの橋を渡らないと実家へ行けないのだ。でも親父は「橋を渡っている所を見つけて拾った」と
言っていたし…??? で着いて娘とバスに乗った話をしているとテレビのニュースで件の開閉橋、開橋時に
船が橋にあたってしまい点検中と知りびっくり!娘が橋を渡っていたほんの10分程後の出来事だったそうだ。
しかも開閉橋に船が当たる事故は僕が生まれてから知る限りでも今回が3回目というくらいの頻度。
結果的に大事に至らなくて良かったと再び胸をなで下ろしました。偶然というか…

2002年9月23日
勤務先の管理する会館にて仕事。しかし、珍しくこのイベント、音響関係だけで持込が2社あった。これとこれは
こちら、それ以外はこちらが担当とちょっとややこしい。まあ僕は会館管理のおじさんなのであまり関係は無かった
んですけど(^^; ドタバタとしたリハーサル?も終わり、午後からの本番。あまりにヒマで舞台袖まで行くと
音響の皆さんがたむろしている。同じ現場で僕も含め3社が揃うのが大変珍しいのでそれからは仕事上の転換以外は
そこでおしゃべり。うちの一人はバス釣りする方でしたが「忙しくてほとんど行っていないんですよ」と言われて
逆に「旧吉釣れてます?」なんて聞かれてしまいました。どっちがうらやましいんだろ?
で、もうひと方、春に僕が船舶免許を取ったよと話をした時に、ちょうどウェイクボードを体験していて、「船欲しい
なぁ」とか「免許取りに行こう」とか言っておられたんですが、まあ忙しい方ですからまだ免許も取れていないし、と
いうことでした。「中古艇って安いんよな」「バスボートの後ろに引っ張る金具付けて引いている人もいるらしい
ですよ」「そしたら釣りもできるわな」でその方のオフィスが旧吉の真横にあるので「スロープ作ってトレーラーが
降りられるように」と結構無茶な話で盛り上がりました。…まさか、な。
あ、Kさん時間あえばぜひ一緒に行きましょね〜もう船もエンジンもありますよ〜ちっちゃいけど(爆)(^^)/~

2002年9月22日
娘の小学校が運動会。娘が入学する時に、ひょんな事から高校時代の同級生が先生をしているのを知っていたので
ついでにあいさつをしてこようと思っていった。娘の50m走を見に行くと「あら、ひさしぶり!」と大学時代の
同期生で同じサークルでいた娘が声を掛けてくれた。そうか、同じ市内で住むようになったと何年か前に聞いたが
何と娘の同級生の母親とな!しかもお互いに引っ越していて現在住んでいる所は目と鼻の先だった。元気そうで
何より。立ち話で結構長い事話をして別れて、そのあと高校時代の同級生にあいさつに行く。一目見て解ってくれた
ので一安心。高校時代の同級生とはあまり遭わなかったので消息を聞きあい、その後受け持ちは2年生なのでひょっと
したら担任になるかな?なんて話をする。では頑張ってと挨拶。
で自席に戻るとharuさんが目の前を歩いている!声を掛けて挨拶、近況を聞くと仕事がものすごく忙しくなって
釣り等の趣味どころでは無いらしいです。また御一緒出来るといいですね。
その後のプログラムを見て昼食時に、地元のケーブルテレビが取材に来ているのは知っていたが、カメラを三脚から
外して昼食時の風景を撮りに行っている姿がどうも仕事上の知り合いに似ている。「あれ○○さん!?」と嫁さんと
話しているとどうもそうらしい。で昼食終わってから「おつかれさまで〜す」と声を掛けに行ってひとしきり
しゃべって帰ってきた。結果、何しにいったやら(^^; まあでも娘の機嫌が良かったのがなによりですか。

2002年9月6日
大学時代の級友、なっちゃん夫妻が京都より来襲。自宅へ案内する。「ひろーい」「ゴージャスやな〜」と
一言目。先に京都にて一軒家を買ったなっちゃんが言っていた、こちらは(京都より)家の敷地が広くとれるので
僕が狭いと思っている敷地になっちゃん邸なら3軒は建つわと感心しきりだった。夕方というより夜に来訪されたので
一緒に近所の海鮮屋へ食事に行き、ここでも「魚美味しいわ〜」を連発。京都は海から遠いので祇園に魚が
届く頃には鮮度は落ちていてしかも高い、らしい。根っからの京都人の奥様と、京都に住んでいた経験がある
嫁さんとで盛り上がる。何気なく暮らしている事が見方変えればかなり幸せな環境だったりするんだなと
改めて幸せな環境に感謝。でお約束のごとく学生時代のオモロイ話で盛り上がりました。

2002年8月29日
毎年夏の終わりに将棋・王位戦の対局が徳島市の渭水苑というところである。仕事は対局場の将棋盤の上へ
小型カメラを設置しその映像を記者室と、大盤解説会場へ中継すること。設営終われば後は見ているだけ。
今年は羽生王位に谷川九段が挑戦しここまで谷川九段の3勝1敗で来ている。谷川さんが勝てば新王位の誕生、
羽生さんにとっては絶対負けられない一戦である。双方持ち時間が8時間ずつあるため対局は2日間に及ぶが
今年は何と千日手(同じ局面が4度記録されること)になってしまい、指し直しになってしまった。なんでも
王位戦での指し直しは23年ぶりの事とあって目の前で経験するのは初めての事、そうなれば先手後手が入れ替わっての
指し直しの為に、カメラの向きを入れ替えないといけない。(画面下側が先手番と決まっているため)
で、昼食休憩中に初めてセッティングを直しました。
それからも白熱した攻防が続き、素人目にはどちらが優勢か分からないまま進みます。結果19時過ぎに谷川九段が
勝ち、新王位が誕生となりました。

2002年8月15日
で、ワジキ終わりの機材とともに
「平井堅」のコンサートへ。
僕はモニターミキサーの機材の
アシスタントでした。
面白い趣向のコンサートで、まるで
ディナーショー。舞台上にも
バーカウンターが組まれてました。
(お酒は全て本物です)

2002年8月13日

今年はお盆中ずっとコンサートの仕事でした。「エキサイティング・サマー・イン・ワジキ」の本番日朝の様子です。
写真左からステージ全景。さて、私はどこに居るでしょう?まん中の写真は上手のスピーカー。その裏のテントに
モニター卓(ミュージシャンへのモニタースピーカー用のミキサー)があります。ね、居たでしょ?
この頃はまだ余裕がありますが本番中はちょっと舞い上がってました。今回は下手側のテントにもモニター卓が
組まれていました。

で、最近当HPでもお馴染みの後輩のカズオ君。こちらは客席内のメイン
ミキサーです。写真用にポーズ。良く見て下さい、カズオ君の手元の
フェーダー(ボリュームです)は全部下がったまま。音出てません。
”なんちゃってチーフオペレータ”です(大爆)

「野弧禅」「CHACOAL FILTER」「KICH THE CAN CREW」「元ちとせ」
「東京スカパラダイスオーケストラ」が出演でした。
とにかく、暑かったです。

2002年8月11日
下に書いた「阿波踊り前夜祭」の、本番日朝の様子です。ミキサー席から舞台下手を
見た写真ですが、舞台上に人が立っているので大きさは想像いただけるでしょう。
「これ」がフライングした下手側のメインスピーカーです。白く見えるのは吊り込む
ためのアルミトラスで、その下にスピーカー3本を吊っています。
 阿波踊りを舞台で行う場合、慣例的に上手の花道に鳴り物が来ます。丁度そこが
スピーカー位置とバッティングするため、マイクとスピーカーの距離が近くなり
音量を上げることが難しかったのですが、ことしはフライングのおかげでマイクと
スピーカーの距離が離せて楽に音量を稼ぐことができました。
 そのせいか、本番中に場内を歩いたカズオ君に「毎年より音大きいですね」と
ツッコミ入れられました(^^; すっきりとした音場は主催者にも好評だったようです。

2002年8月4日
仕事の話です。「阿波踊り前夜祭」に毎年関わっていて、終わる度に反省と次回はこうしてみようという新しい
プランが出てきます。今年はいろいろな制約の中でスピーカーの設置に困り果てて、遂に上から「吊る」ことに
なりました。コンサート会場では「フライング」(吊る事です)は当たり前のように行われていますが
いざ自分がやるとなると勝手が分からず、相談した機器販社の方に「いい加減な事をやって万が一落としたら
全国でフライングが禁止になるから」と諌言され、相談できる方を紹介していただきました。また実際に
チェーンモーターやトラスを施行する別の業者の方にも実際吊る位置を相談し、いろいろと助言を頂きました。
一昨日、実際にスピーカーは吊り上がりました。昨日リハーサルで実際音を出してみた感じではかなり良い感触を
持っています。自分で考えた「この位置にスピーカーが来るなら…」企画は、あまり効果なく本番は使わない
でしょう(笑)
フライングについてもノウハウは当然あります。それを一切知らない所から良く思い切ってここまでやったなと
思いますし、やってみたからこそ分かった「安全」に対する考え方やプランニングの大切さ、フライングを相談した
方に教えてもらったツールの使い方等、実際にこれからまだまだ勉強していかないといけない事だらけです。
とりあえず音響の仕事とは関係なさそうで絶対必要な玉掛けの資格を取ろうと社内で考えてます。

2002年7月26日のその2
その昔に買った釣り竿が修理出来そうだという。嬉しい。ひょっとしたら新しい竿を買うより嬉しいんじゃ
ないだろうか。現在欲しい竿やリールはあるけど、それよりもこの竿を使えるように出来ないかと心の片隅でずっと
思い続けてきた。下木カップに参加させていただいてから、専用のトップロッドが欲しいなと漠然と考えていたが
思いがけず念願がかなう事になった訳だ。
…これでザラで釣れたら喜びもひとしおだ。なにせ「ザラ」を投げるために買ったこの竿で、トップで釣った事は
ないのだから(大爆)

2002年7月26日
今回は非常に重い話題です。明るい話題がお好きな方は読まない事をお勧めします。

一昨日、叔母が亡くなりました。享年66歳。御冥福をお祈りします。
だからってわけでは無いけれども、最近、死について考える事が多くなった。僕の父は兄弟の中でも歳は下の
方だけども、亡くなった叔母よりも高齢の兄弟は多い。不謹慎な言い方だが、「順番」は全く関係ない訳である。
いつそうなっても、悔いのない人生を送りたいと逆に考えるようになってきている。
 少し前、結婚して娘が生まれた時には自分の中では新しい出来事はこれで終わりだと感じた。
新居に引っ越したときには、もう自分に何かあってもとりあえず安心だとさえ思った。自己中心的ではあるが
「あの時やっておけば良かった」と思い直す事が極力ないようにしたいと思うようになってきた。
今、そう思って生きている。

2002年7月8日
「ちょっと訳があって」がいくつか重なり、急遽近鉄劇場で上演中だった劇団ふるさときゃらばんの新作ミュージカル
「パパの明日は分からない」を見に行った。折しも千秋楽、期待を裏切らない出来を堪能できてよかった。
 訳ありの中の一つは、この近鉄劇場が近く取り壊されると新聞記事で読んだこと。客席数も程良く観劇するには
うってつけの劇場がまた一つ無くなると思うとちょっと寂しく、またもったいないとも思う。

2002年7月3日
現在勤務先の会館にて某タレントさんのコンサートの撤収待ち。暇なのでワールドカップの総括など。
 決勝トーナメントまでいった日本はもう一つ勝てたと思うが、トルシエ監督がいった通り「勝たなかった
ほうが良かった」のかもしれない。一方共同開催国の韓国は決勝トーナメントに残り、イタリア、スペインと
ワールドカップ常連の強豪国を「絶妙な判定」で勝ち上がりベスト4まで進出した。
 私見だが、日本は決して「よくやった」とはいえない。また韓国も強くなったのは認めるが決してベスト4に
相応しい戦いではなかった。結果だけ見ればトーナメント1回線とベスト4だが、その差はやはり「精神力」しか
ないのだ。その昔、有名な「ドーハの悲劇」に代表される精神的な詰めの甘さが形を代えて再び現れたのかも
しれない。
 ここまではいい。韓国はこれからディフェンダーなのだ。日本はまだチャレンジャーでいられる。
強くなった日本が更に円熟味を増す4年後のドイツ大会、またその予選が楽しみでもある。

2002年6月9日
開催中のワールドカップのお話。遂に、というか史上初めて日本代表が勝った。対ロシアで1-0というスコアだが
本当におめでとう、と言いたい。ベルギーに2-2と得点を取ってのドローでしたので期待通りと言えばそうなの
かも。しかし今回のW杯は飛び抜けたチームが苦戦していて傍目から見ると実力伯仲で大変面白い。もしも今回、
日本が予選リーグ2位で通過して決勝トーナメントでブラジルとあたっても、現在の日本代表の主力が大半で臨んだ
大会で(大会名失念、オリンピック?)一度勝った事を決してフロックと思わず戦い抜けばおのずと結果は付いて
くると思いたい位に、日本も強くなったと感じる。次戦チュニジアに勝って気持ちよくトーナメントへ行ける事を
願っている。
 で、娘を寝かそうと一緒に寝ていると、隣近所から「ワーッ」という歓声と拍手が起こったので、稲本選手の
得点シーンは御近所中の皆さんが見ていた事を知る。やっぱり地元開催のW杯は凄い。

2002年6月4日
このサイトも早開設2周年を迎えることが出来ました。なんとかやって来れたことに少々驚いてもいますが
ネットを通じて知り合えた皆様のおかげでボートも持ち船舶免許もとり、2年前からは想像出来なかったような
現在にも改めて驚きで一杯です。皆様ありがとうございます。これからも細く長くぼちぼち更新していこうと
思ってますのでどうぞよろしくお願いします。

2002年5月25日
会社が音響を管理する会館へ勤務する方から「蛍を見に行きませんか」と誘われ、家族と美郷村ヘ行って
来ました。ちらりほらりと飛んでいるものの、河原の草陰に結構な数の蛍を見ることが出来ました。
やや季節が早く飛び交っていると迄はいかなかったのと満月の月明かりがやや残念でしたが、娘にも
蛍を見せてあげられたので満足でした。
土曜日の夜ともあって出かけた人の数は飛び交っている蛍よりも多かったようで(笑)、中には河原へ
降りて大声を出しながら騒いでいるグループもありました。見ている分には「静かにしろ!」というつもりは
毛頭無いのですが、午後9時頃に騒がれる対岸の民家の方を思うともう少し静かにしようよ、と言ってあげたい
気分でした。こんな時にでもマナーとかモラルの問題を考えないといけないのが一番残念でした。

2002年5月21日
本当に突然に会社がMacを買った。PowerMacG4-933MHzモデルである。さすがに速い。もう丸2年になる
我がPowerBookG3-400MHzなど足下にも及ばない。メモリも増設、計1.2GBとハードディスクと間違いそうな
単位、そのハードディスクは60GB実装、その上Appleのキャンペーンで応募すれば80GBがおまけで付いてくると
全くもって羨ましいの一言。最新式は会社の制作部でIllustlator10とPhotoshop6.0にてデザインマシンと
なり、それまで使っていたPowerMac9500は音響部でハードディスクレコーディングによる編集機に化けると
いう寸法だ。しかしそれまで使っていたスキャナのドライバがOS9に対応しておらず使用不可。
あ〜、コンピューターの時代変遷が速すぎるというのは愚痴にもならないのかなぁ。正直お金が追っ付かない。

話し変わって釣り道具の話。今パッセンジャー用のリアシートを思案中で、パーツがないかと移転した
ワイルドフィッシュさんへ出かけてみた。正直、行くんじゃなかった。あるわあるわ、パーツの山!
勢いでアジャスタブルシートポールを発注、ついでに今のブルーダースピニングのリールシートをEGエアリアル風か
メガバスまたはコブレッティのアップロックシートへ変えたいな、なんて思っていたらロッドメーキングの
カタログまで頂いてちょっと舞い上がっています。財布の中身も軽いのでお金が出来たらエアリアル風に
かえてみようかと思案中・・お金がいくらあっても足りそうにないです(^^;
あ、それからバランサー付けたら体感でかなり軽くなることを実験して確かめました。お勧めします。
完成したらネタにするつもりです。

2002年5月8日
唐突ですが私はマイクロソフトが大嫌いである。その根は遠くMS-DOS時代に遡る・・(後略)
という訳でPCはMacを使っているし、その中にも極力マイクロソフト製品はインストールしないようにして来た。
Mac版から火が着いたあの使いやすいと評判のExcelしかりである。果ては「クラリスワークス」をインストールすると
Macのシステム機能拡張に入る「Microsoft OLE Extension」さえも目の敵にして取り除いていたくらいだ(笑)
しかし、最近どうしてもWindowsを使わなければならない時が来てしまい、しょうがなくPowerBook G3にVirtualPCを
載せてWIN98を使っている。音場測定ソフト、SMMART LIVEを使いたいがための苦渋の選択だった。
しかし、である。ここ最近WebブラウザのNetscape4.7ではレイアウトが崩れるWebページが多くなって来た。
どのみちWIN98をインストールしていたので、そういうところはWIN版IE5.0で見るようにして来たがもう限界だと
悟って、これも同僚から「早くて使いやすい」と評判のIE5.1をインストールしてみた。
結果。本当に使いやすい。納得はしていないがまあ騙されたと思って使ってみる事にしよう。
そしたら自分のHPの表示のされ方の違いが妙に気になり出した。そこでNetscape4.7、IE5.1(Mac)、IE5.0(Win)で
自分のサイトを見比べて気がついた。Mac版のソフトは文字サイズをポイントで指定できるがWinのIEはメニューに
「文字サイズ」と称して「最小」から「最大」までのメニューの変化があるだけ。少ないメモリを駆使して上に揚げた
3つのブラウザを同時に起動して(爆)検討した結果、Win版IEの文字サイズ「最小」とMac版NN4.7及びIE5.1の
初期設定内の標準文字サイズを12ポイントにするとほぼ見え方が揃う事が分かった。ふう。
それでもフォントの問題とかあって満足できるレベルではないが、プログラミングの知識が皆無な僕ではこのレベルで
とりあえず良しとしようか。・・・あらら、今度はメーラーの移行か・・・

2002年5月5日
こどもの日に昨年オープンした「あすたむらんど徳島」にてイベントのお仕事。とはいってもパフォーマーの
2回の公演だけのお手伝いなので気が楽。案の定空き時間が多くて仕事だかお昼寝だか分からないような状態。
久々に気持ちのよい野外での現場でしたので、思わず音も大きかったみたいです。
このあすたむらんどにはごみ箱が置かれていません。司会のお姉さんと話していましたが、おそらくそのおかげで
逆にみなさんがゴミを持ち帰ろうとする意識が高まっているのでしょうね。
翻って釣りに行くとフィールドには必ずゴミが。河川が多いから単純に比較にはなりませんが、その中にも
ルアーのパッケージとライン。もうちょっと意識変えないとね。

2002年3月12日
たまの休日、会社の先輩と共に今年の滑り納めへと行ってきました。とはいうものの最近は徳島市内でも最高気温が
10℃を超える陽気、1日滑るのも厳しかろうと回数券購入しての11本限定滑走(笑)。
リフト稼動の9時、以外に雪質が良く滑り易い。とりあえず4本滑って休憩(爆)あまりに暑いのでウェアを脱ぎ
トレーナーにて滑る事を決めた。おっさん特有の長い休憩の後、リフトを登ると早や雪が溶け出している。
しかしその後4本滑って更にコーヒータイム(大爆)残り3本をゆっくり滑るが雪質が重くなり過ぎてそのへんで
転倒続出。疲れる暇もないまま11時に下山しました。
あまりに早かったので香川へ入って「うどんツアー」へと早変わり!仲南町「やました」→綾上町「やまごえ」と
巡ってポパイへ寄り道(爆)・・しかし定休日。気を取り直してスポーツデポヘ直行、掘り出し物をGET!(^o^)ノ
帰り道にミニストップにてソフトクリーム・・余りの密度の濃さに2人とも充実感に浸りながら16時帰着。
たまにはこんなのも良かったりして。
ps.「これで今日釣りに行って魚GET出来たら満足度200%よね」と言っていた私の釣行結果は?
BANKFISHING REPORT」を御覧下さい。

2002年3月3日
オペラの話。今日本番のオペラにまた縁があって参加させて頂いた。打ち上げで話を聞くまでわからなかったが
今回自分の仕事は評価されていたらしい。う〜ん。お仕事させていただく度にどうアプローチしようかと悩んで
たまたまその結果が良かったと、ここでは正直に書いておきます。それでも、今回のやり方でなんとなくですが
「どうやると生っぽく、歌い易くすることができるか」にはひらめくものがありました。
またオペラとしては斬新な手法?演出はここにも何度も出てきているミュージカルの演出家で(そのご縁でのお仕事)演技指導という立場、シーン作り(明かり決め)とか、私達がある意味当たり前にこなしているはずのことさえ
感心されたことに軽い驚きを覚えました。
でもやはり、いろんな方々とお仕事できることが一番楽しいです。

<以下メモ書き>
集音はかまちのPCCよりもISOMAXバトン吊り込みを主体にした方が自然。舞台中はBOSE101クラスをオケピット、上下
袖、舞台奥の6箇所から返す。舞台奥からやや大きく返すと自然に聞こえる様子。主な立ち位置からのディレイタイムを計算してあくまで「音による反響板」を作ることを目指す。可能ならばバトンに吊り込みできればよいと思われる。
オケピット内の音はオケピットから出す。あくまでプロセニアム、カラムからのSRは残響音程度の付け足しとして
考える。デジタルリバーブの音は使わない方が無難。

2002年1月31日
たまには政治話。時系列を追うと大橋巨泉氏の議員辞職願提出を知ったのが先。ああやっぱり隠居人には
政治の世界は難しかったかとやや諦めモードでニュースを聞いた。(氏の週刊誌連載も日本人臭く無く好感を持って
いたのでそう感じた)
翌朝。一面に踊ったのは「外相更迭」の文字。こちらは敢えて多くを語らない。政治に対する信用は地に墜ちた。
(個人的にはかなりな憤りと怒りを感じている。)

2002年1月21日
仕事で足摺岬・土佐清水市まで行ってきました。個人的には10年振りです。
何より移動が大変でした。徳島道〜高知道で伊野まで2時間強、須崎までが更に1時間、窪川まで1時間、中村までが
やや長く1時間30分程、更に1時間強で土佐清水でした。何より一般道で4時間の移動が効きました。
最近は高速道路の移動に慣れてきてトラックで4時間走ることも少なくなりましたので余計疲れを感じました。
え、歳・・
そのせいでしょうか、歌謡ショーでの拍手がいつもより多く感じました。ここまで来るタレントさんも
大変でしょうけど、逆に言えば観る方も観なれていないと言うか、スレてないですね。(笑)













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